東海道五十三次、赤坂宿(その1、平成10年版)


広重、赤坂旅舎招婦の図

徳川幕府の法令布告を掲示する
場所を高札場と称し、赤坂宿の
高札場は、宿の中央で最も人目
につきやすい所にあった。と記
されている。

旅篭大橋屋さん、現在も営業をして
おられる。建物は1715年の建築といわれ
、1871年頃(明治4年)まで置き屋を営
んでいた。赤坂宿は1709年に大火に見舞
われた1580棟が焼失し、その後幕府の援
助により復興され、旅篭、置き屋、茶屋など
80余戸を数え全盛期を迎え大変賑わった。
その当時の建築家屋として置屋の形態をよく
整えているといわれる。 説明文拡大

赤坂宿から西の藤川宿までの間に
この本宿がある。53次には指定され
ませんでしたが、旧東海道はこの本宿
から赤坂、御油、国府、吉田まで続く
街道は昔ながらの格子作りの建物が散見
されてこの地区の賑わいが偲ばれる。
写真は右に入って吉田(豊橋)まで
伸びている。

赤坂宿、尾崎屋さん、現在も営業を
しておられる。平成10年5月31日撮影
赤坂宿(その1)  赤坂宿(その2)  赤坂宿(その3)

次は藤川宿 熱田参りじゃ
次は御油宿(お江戸日本橋へ)

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