愛知・38市史跡・社寺めぐりーあま市(その1)


蓮華寺本堂(左)。右は山門。


蜂須賀小六正勝公顕彰碑。 説明文拡大1説明文拡大2顕彰碑拡大


蓮華寺奥之院(右)。左は奥之院参道両側の四国霊場88箇所の石仏像。


蜂須賀小六正勝公旧宅跡。 碑石拡大


法蔵寺。 法蔵寺


菊泉院。福島正則公の菩提寺。 菊泉院案内 菊泉院


福島正則公記念碑。 碑文拡大


福島正則公誕生地。菊泉院から南へ約200m。関連リンク:堀川開削
福島正則誕生地


福島正則公誕生地に立てられた略年譜案内板と記念碑。


菊泉院境内の二ツ寺日光稲荷。


西光寺。この寺院は蓮如上人の弟子・慶恩により再興されたものです。


普光寺。暦応ニ年(1339年)大洪水の時、漂流してきた聖徳太子の像を祀っている
ことから太子堂とも呼ばれます。 普光寺


小町塚。小野小町が東国へ下る途中、この新居屋で亡くなったという伝説がある塚です
小町塚


新屋神社。


法性寺。寺伝によると天智天皇勅願の道場で一山十二坊の大伽藍であったとされる
古刹です。、 法性寺及び新屋神社


石作神社。 石作神社


戦争末期に作られた陸軍の甚目寺飛行場に建てられたコンクリート製の作戦室跡(地元では防空壕と言っています)。
甚目寺飛行場跡


”まつ”生誕の地です。本陣駅から西へ約6キロ余愛知県海部郡七宝町沖之島にあります。
名鉄津島線七宝駅下車南へ1.3キロが便利です。この記念の銘碑を建てられた方は
芳春院お松の方の妹御のご子孫であり、500年前に居住された林氏日開常信
(お松の生家,天文16年7月9日生まれ) の広大な屋敷跡に住んでおられます。
ここから利家の荒子城まで直線距離で約7キロ、前田速念寺まで約6キロの近くですが
昔からこの地方は農作業、運搬、往来などは川舟(網の目状の川が多かった)が利用され、
”まつ”もこの川舟に乗って嫁いで行ったと思われます。下段の写真参照。
写真は3枚繋いでいますので重複部分があります。
芳春院お松の方

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