木曾街道(上街道)・善師野宿


タイトルの善師野宿はほんの小さな宿場ですが楽田からまとめて案内いたします。


木曾街道はここから(右)右へ入って行きます。左はこの近くの41号線沿いの
若宮神社(左)と若宮神社前を過ぎると入り口の左側にある蜜厳院(中)が目印。
蜜厳院前の木曾街道分岐


41号分岐から約300mでこの教会建物に出会い、右の道に進みます。
左は教会敷地内?に立つ道標など。 教会建物


朝日の観音寺まで街道の両側に建つ無名の祠、地蔵菩薩像などの写真その1。


朝日の観音寺まで街道の両側に建つ無名の祠、地蔵菩薩像などの写真その2。


名古屋城清水御門から5里の地点に立つ五里塚旧跡の貴重な石碑です。


神明社。この付近から西へ八幡林古戦場跡に向かいます。


木曾街道・神明社(上記)付近から西へ約300mの野呂塚。名鉄小牧線羽黒駅南約300m。
野呂塚


八幡林八幡宮(左)。右は野呂塚から見る八幡林古戦場跡。


観音寺。野呂塚から街道に戻り北に進むと観音寺があります 観音寺


案内が無く名前から想像すると上記の八幡林古戦場跡と関係があるとか。
直線距離約2キロ強です。この川を挟んで激しい攻防戦を繰り広げたので
はと勝手に想像します。 合戦橋


天道宮・神明社の長い参道にある白雲寺廃寺跡。 天道宮・神明社


天道宮・神明社から国道41号線の下を通り善師野宿に入ります。宿場概要図。
下は整地碑前から善師野駅および善師野宿を撮る。


天王様とすぐ横の名鉄広見線踏み切り。


堀沢周安 出生地。駅から徒歩約3分。大阪市歌を作詞されています(大正10年3月制定) 。明治2年
[1869年] 愛知県犬山市善師野生まれ。国文学者として、四国の旧制中学などの教諭を務め代表作に「
いなかの四季」「明治節」ほか多くの作詞を残されてます。 堀沢周安 出生地


宿場唯一の案内板があり高札場を兼ねた中心地でしょうか。中央は珍しいデザインの郵便ポスト。
左の町並みに問屋場、本陣跡があったと上記の案内にはありますが案内、石碑など見当たりません。


宿場概要図により左から佐助地蔵。津島神社・馬頭観音(中)。右は神明神社。


禅徳寺と付近の町並み。


木曾街道一里塚跡。 木曾街道一里塚跡


街道から外れて熊野神社で立ち止まり道に迷い、ここで引き返し、後日土田宿から
スタートします。


熊野神社階段横の祠と劣化のひどい石灯篭。 熊野神社

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