黒川駅周辺案内(その1)

The Kurokawa station circumference guidance

名古屋市交通局リンク:黒川駅時刻表 市バス時刻表 なごや乗換ナビ 地下鉄所要時間

矢田川河川噴水、最高噴水高さ50メートル、ムービー


黒川駅。左:東 志賀本通〜大曽根方面。右:名城公園〜栄方面を撮る。

綿神社
史跡コース駅から約400メートル北にある綿神社と遺跡です。
由来記によれば主祭神は玉依比売命(神武天皇の御母)と
応神天皇(八幡様)で神社の創建は大変古く文字の使用も
なかった弥生前期に九州の弥生人がこの地に定住し、
稲作農耕文化を東海以東へ広めた基となった。
その中核は北九州「志賀」の阿曇部族であろう。
故郷の九州志賀の海神の玉依比売命を祭った「海神社」
と称し、新天地も又「志賀」を偲んで付けたという。
昔はこのあたりまで入海で、綿は海の仮字といわれ、
「延喜式」にも尾張の山田郡綿神社と記されている。
志賀村の領主平手政秀は主君信長の奇行に心痛し、
天文21年綿神社を再建し、「願主政秀」と刻銘した神鏡、
手彫りの狛犬一対を奉納した。天文22年正月13日祈願むなしく
政秀は諌死した。政秀寺爾後信長の態度一変し
天下平定の基を築いた。又この政秀なくんば郷土三英傑の出現も
疑問ではなかろうかとも記されています。現社殿は太平洋戦争で
焼失したが明治百年記念事業として再建されたものです。
なお弥生時代の遺跡には上記綿神社遺跡、西志賀遺跡(写真右、
ここから西南へ約700m)西区貝田町)、
高蔵遺跡などがあります。 平成12年4月29日写す。

綿神社由緒拡大


霊源寺【本尊/木像千手観世音菩薩】 霊源寺


西区貝田町貝田公園にある西志賀遺跡(貝塚)と遺跡から南名古屋城方面を写す。
西志賀遺跡


上記北区平手町:志賀公園の西(公園とほぼ同面積)にあります。
リンク:名古屋市立西部医療センター 西部医療センター


都市高速黒川ランプ(左2枚)とその下の親水広場


駅から東北へ約500メートル、安栄寺境内にあります。 安栄寺


安栄寺前の佇まいです。右の石灯籠には柴山藤蔵、元治二年丑五月と彫られています。


安栄寺隣の児子宮で知られる児子八幡社(左端は拝殿)です。右は安栄寺前に建つ水野重咲の石碑。


西来寺。戦国時代、御深井字多利に地蔵院として開山。慶長年間、名古屋城築城計画により
田幡村の現在地に移された。達磨大師尊信の尾張4代藩主吉通公の厚遇を受け、達磨大師の
少林寺に因み、少林山西来寺と改号。豪僧開田の逸話の山門は武家屋敷門塀として有名
(写真参照)。 北区役所説明文引用。 西来寺

黒川駅(その1) 黒川駅(その2)

志賀本通(大曽根、循環右回り)当駅名城線次は 名城公園(名古屋港、循環左回り)

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北区役所 リンク:北区役所