中山道(中仙道)脇往還:美濃路(大垣宿その2)

中山道(中仙道)脇往還:美濃路の旅
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美濃路新川橋西詰めポケットパークにある説明版を拡大。信長をはじめ 秀吉家康
前田利家山内一豊佐々成政などこの街道を縦横に飛びまくって出世して行った。
出世街道と言われる由縁もここにあると思います。そして彼らを支えた「ねね」は地元
「まつ」も2キロ圏内(七宝村)に生まれた。 さあ出世?(アクセスアップ)目指して歩こう。

中仙道往環・美濃路の旅(大垣宿第1部) 中仙道往環・美濃路の旅(大垣宿第2部)


宝暦11年,駒塚の渡し開設により美濃路・大垣と尾張・富田村の短絡道として盛んに利用された。


本町道標から見る北と西方面(左写真)の街並み。


ここで街道は右折し本陣跡へ行く。


問屋場跡から本陣跡へ行く街並み。


大垣宿・本陣跡(竹島会館)。明治天皇行在所跡の石碑が建っています。
本陣跡を西へ、すぐ南へ桝形道路(駅前大通)となり更に西へ行く。


俵町薬木広場の飯沼・銅像と東南角にある飯沼邸跡。晩年を過ごした長松村・平林荘跡。


西総門跡(京口御門)。 東南角にある飯沼邸跡を左折してすぐ。


貝殻橋東詰めにある重要な道標。


上記道標前から写す:後ろの建物は「奥の細道むすびの地」記念館(市総合福祉会館内)と住吉公園の一部。


貝殻橋を西へ約60〜70メートルの全昌寺、大垣藩主戸田左門氏鉄の室、大誓院の創建。


水門川。


住吉灯台(右)。船町港跡のモニュメント、開通記念の碑文。


明治16年2月、大垣から桑名まで汽船の開通記念モニュメントと乗船場付近の風景。


船町港跡のモニュメント。乗船場前の旅館(京丸屋の文字)の賑わいを表示したものでしょうか。


関連:芭蕉は大垣市「奥の細道」結びの地から
川を下り伊勢神宮へ向かう途中、大智院で下船、信宿しました。関連:長島・大智院


今日の旅はここで終わり、再度大垣駅から垂井宿へスタートの予定。

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美濃路:大垣市「奥の細道」結びの地 美濃路:墨俣宿:本陣跡

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