中村日赤駅周辺案内

The Nakamura Nisseki station circumference guidance


名古屋市交通局リンク:中村日赤駅時刻表 市バス時刻表 なごや乗換ナビ 地下鉄所要時間


左は北、本陣〜名古屋駅方面。右は南、中村公園〜高畑方面を撮る。


中村日赤駅名となった名古屋第一赤十字病院と病院前ポケットパーク。

妙行寺,加藤清正公誕生地
駅から西へ約550メートル行くと加藤清正公誕生地の
妙行寺があります(写真右下)。清正公さまと呼ばれ、慶長15年名古屋城築城の砌、
普請小屋を貰いうけてご先祖、ご両親の菩提を弔うために自分の誕生地に堂宇
を建立した。 すぐ北隣に常泉寺があります、隣駅の中村公園からもほぼ等距離です。
12年5月24日写す。 関連:加藤清正公社・津島市

小出秀政出生地
上記妙行寺の西北約80メートルの公園内にあり、
更に80メートル西北へ行くと秀吉の生誕地があり、
常泉寺の隣に甥の木下勝俊がおり
4人が約200メートル内に生まれた。


今回は中村日赤駅から街道を推測しながら中川区露橋神明社まで歩いて取材します。
萱津の東宿跡の東宿明神社からスタートします。鎌倉街道は新設の街道ではなく、
古来からある集落間をつないだ道でした。従いまして途中2箇所確認し古渡の稲荷神社まで
とします。 東宿明神社


まず萱津の東宿跡から豊臣秀吉を祭る豊国神社を経て、油江天神社に立ち寄り
庄内用水(元亀・天正年間(1570〜92) 庄内用水が尾張侯により開削される)
に沿って南下します。 油江天神社


光明寺。太閤記には「秀吉公(1536年〜1598年)幼稚の時、光明寺にて手習いせられよし・・」
とあり、佳境遊覧には當山の事であると記されている。また、後鑑という書物には「応永三十二年
(1425年)十二月、前将軍足利義持公、尾張光明寺を祈願寺と為す」とも記載されている。しかし乍
現在、寺歴の焼失によりその真実を知る由がない(光明寺由緒より)。リンク:光明寺 光明寺


戦後庄内用水(惣兵衛川:そうべえがわ)は一部改修で蓋をして道路になりましたがここには
元楠橋があり、記念の道標(右)があります。左は現在の楠橋跡。


改修を記念したモニュメントがあちこちに建てられていますが、この2基は
田植えと草刈に出る農夫を表現したもので当時の付近の風景が思い浮かびます。


庄内用水道から西へ入るとすぐの石神社です。左端は楠橋すぐ南にあるモニュメント。


石神社の南西にある押木田公園,その一角にある下中八幡宮。由緒記には「元来この地は
往時東海、東山両道の要衝にあたり・・・・・」記されている。
下中八幡宮。由緒記拡大 下中八幡宮


日之宮神社。日吉公園の一角にあります。 日之宮神社


日之宮神社社殿の東隣に建っています。日吉丸(後の豊臣秀吉)の生母祈願の跡の記念碑。
左の石碑は地元の古老によると生母は日吉丸の素行を懸念して祈願したという。


日之宮神社から金山神社の間は田んぼばかりで鎌倉街道らしき道は存在しなかったと
地元お寺の住職は教えて下さった。金山神社は昭和2年2月敷地が国鉄用地になり
余儀なく現在地に移転したとある。 金山神社


写真は金山神社前の歩道橋(左:中村区長戸井町)から駅前高層ビル群を撮る。右端の鉄道線路内に
金山神社があった(昭和2年頃まで)。

鎌倉街道(東宿→熱田神宮西門その1)関連:中村日赤駅 鎌倉街道(東宿→熱田神宮西門その2)


素盞男神社。左下写真は境内にある天満宮の牛座像。 素盞男神社


中村・天神社


天神社の境内にある牛坐像。


駅すぐ西南、市道を挟んで西側の長円寺と東側の春日社。

東山線中村日赤駅→本陣駅→亀島駅地上走行ムービー (17.2mb)

中村公園(高畑行き)当駅東山線次は本陣(藤ケ丘行き)

地下鉄路線図に行く

中村日赤駅 インターネット地図検索サービス
「るーとMap」で、行き先までの道順を調べよう

名古屋第一赤十字病院