(その12・岐阜城から本能寺まで)


菁莪(せいが)記念館
(上)前の観光案内図の裏側の説明文。


竹中半兵衛重治。
竹中氏陣屋跡/菁莪(せいが)記念館


五明稲荷神社。
五明稲荷神社/徳法寺


五明稲荷神社境内のイチョウの木。


長比城(たけくらべ)跡と説明版。街道から北へ約600メートル入る。 説明文拡大
googleマップ・リンク長比城(たけくらべ)跡

googleマップ・リンク小谷城跡

googleマップ・リンク姉川古戦場

googleマップ・リンク勝山(姉川の合戦)

googleマップ・リンク陣杭の柳(織田信長本陣跡)


鎌刃城跡。
旧街道からかなりの距離と山道なので、省略して案内説明させていただきます。
国指定史跡:鎌刃城跡・説明板拡大 googleマップ・リンク鎌刃城跡


右は安土駅南にある城郭資料館
。と文芸の郷にある「信長の館」。


右は文芸の郷セミナリヨ。リンク:安土観光案内はこちらへ


右は安土駅南にある城郭資料館と文芸の郷にある「信長の館」。


中仙道・武佐宿と安土城跡の旅第1部(162.8mb) 第2部(mb)


googleマップ・リンク安土城跡


安土町の町中から見る安土城址と城址の石塁。



安土城址へ登る石塁。


安土城跡説明図。


安土城跡説明図。

googleマップ・リンク 伝羽柴秀吉邸跡

観音寺城 googleマップ・リンク観音寺城跡

googleマップ・リンク教林坊

googleマップ・リンク 瓶割山城(長光寺城)

googleマップ・リンク比叡山延暦寺 延暦寺

googleマップ・リンク世界文化遺産・延暦寺諸堂めぐり

googleマップ・リンク 坂本城本丸跡碑(明智光秀)

googleマップ・リンク坂本城跡

googleマップ・リンク明智塚


本能寺、2011年7月17日撮影。 説明文拡大


本能寺本堂、2011年7月17日撮影。 説明文拡大


織田信長公塚石。


総見院。総見院には本能寺変直後に、信雄が探し当てたという信長着用の焼兜が
保存されています。 リンク:総見院 総見院


総見院境内の信長公の墓碑苑(上)。 墓碑拡大 下は本堂(左)、山門(右)。 総見院


総見寺 。京都本能寺で死去後、信長の菩提のため伊勢にあった寺を清洲に移して開山し、慶長16年
(1611年,清洲越し)この地に移った。ゆかりのものが多く、信長公画像をはじめ九点が県指定文 化財
である。明治4年(1872年)ここでわが国初の博覧小会が開かれた。 総見寺 総見寺

信長関連:政秀寺 万松寺  清洲城 古渡城跡 小牧城  岐阜城
  吉乃(信長の側室)の生駒屋敷址 平手政秀 那古野城跡 池田恒利の屋敷跡
信長,道三初対面・聖徳寺 長比城跡(たけくらべじょう) 織田信孝の墓所

清洲城 古渡城 末森城 万松寺 崇福寺 林通勝邸址 九之坪城址
家臣、佐々成政 重臣、丹羽長秀 重臣、柴田勝家 重臣、滝川一益 長島城跡


遠くて行けない「四国お遍路」に代わり身近な、一周約234キロ、
30宿場の宿学旅行東・中・美-環状歴史・出世街道の旅にでませんか

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地下鉄で巡る若き日の信長ものがたり 信長公誕生から岐阜城まで(岐阜城下町)

信長公誕生から岐阜城まで(その1) 信長公誕生から岐阜城まで(その2) 信長公誕生から岐阜城まで(その3)

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(その12・岐阜城から本能寺まで) (その13・本能寺から旧二条城まで) (その14・阿弥陀寺から建勲神社まで)

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