中山道・落合宿(その1)


広重画の落合宿。大井宿・大井橋で撮ったものです。風景は下記の下桁橋へ下る追分に
立っている説明板付近と思います。


「是より北木曽路」の石碑を背にして新茶屋(国境)から十曲峠(じゅっきょく)を曲がり
くねって医王寺を経て落合宿へ下る。ここは木曽路の馬籠宿まで歩いて約30分くらいの距
離です。「是より北木曽路」の碑文は地元の要請によって島崎藤村が揮毫したものです。
関連:贄川宿・木曽路「是より南 木曽路」北の入り口。 新茶屋(県境)


新茶屋(国境)に立てられた説明板。


新茶屋一里塚跡。 落合宿から中津川宿まで


落合石畳遊歩道と名付けられた石畳の中山道。右が新茶屋側の入り口。左が120m下った
出口(左)。


落合石畳遊歩道から100mほど下った地点に立つ案内板。


上記と同じ場所。 説明文拡大


五月中旬開花で満開時には雪が積もったように真っ白になるという。上記の場所から50m下る。


医王寺へ行く途中の風景。右は大きなこだま石。石に向かって叫んで下さいと書かれています。


日本三大薬師の一つ(山中薬師)で御嵩(みたけ)の蟹薬師三河の鳳来寺があります。
虫封じの薬師とし有名です。 医王寺・説明文 医王寺


医王寺から京方へしばらく進む(右写真)と中山道の標識が立って(左)います。


下桁橋へ下る追分に立っている説明板。タイトルの広重画はこの付近を描いたといわれます。


医王寺から来た中山道は付け替えられた道を進んで来るとこの坂道を下りて来ます(左の坂)。
この下桁橋から見る大滝(右)。 下桁橋


橋を渡り右折、小さな坂を登ると飯田方面の街道と合流します。 追分道標拡大


追分から落合宿に入る坂にありますがこの石碑のみです。往時は飯田道と合流し賑わいが見られた。
左は宿場横を流れる落合川。 高札場跡碑


上町の常夜灯(右端)と宿場中心の街道。旧中山道は一般道と区別、アスファルト舗装に白い
小石を多く混ぜて見分けやすくなっています。中津川宿も同様です。


宿場のほぼ中心に立つ案内板。 案内板の場所


本陣(右)と向かい側に建つ脇本陣跡の標識のみ。本陣前には綺麗な流れの用水路があり
津和野を思いおこします。


本陣より京方約30m向かい側に建つ助け会い大釜。 大釜の由来拡大


善昌寺。向かい側の公園は元落合村役場跡地でした。 善昌寺


落合五郎兼行之城跡(おがらん様)。右は城跡から見る落合宿。 落合五郎兼行説明文
おがらん様


右は城跡から見る落合宿(恵那山方向、雲が覆って頂上が見えません)。 左も落合宿方面。


落合五郎兼行之城跡から国道の下を潜り与坂の曲がりくねった急坂を登ります。登りきった
頂上にある与坂の立場跡です。右は向かいにある弘法大師堂です。急坂を下り三五沢橋に向
かいます。 与坂の立場跡


三五沢橋を渡ると又坂を登ります(左)。左手に子野一里塚跡の碑が見えます(中)。
右は坂の途中、四辻右側角、覚明神社境内の石塔群。 子野一里塚跡


登り詰めたところの左にしだれ桜の木が道に覆いかぶさる(左)ポケットパークがあります。
地蔵堂石仏群(中)とベンチなど置かれています。


自然の地形を活かし、小水力発電の開発に挑む中津川市。ここから中津川宿へ行きます。
第一水力発電所説明拡大 第一水力発電所

落合宿

これより中仙道(岐阜県内)

中仙道(今須宿) 中仙道(関が原宿その1) 中仙道(垂井宿)
中山道・赤坂宿(その1) 美江寺宿(その1) 河渡宿 加納宿(その1)
間の宿・新加納宿 鵜沼宿(その1) 太田宿(その1) 伏見宿
御嶽宿(その1) 細久手宿 大湫宿(その1) 大井宿(その1)
中津川宿(その1) 落合宿 

木曽路をテーマにした歌謡曲をリンクしました。
水田竜子 ☆木曽川みれん 木曽路の女:原田悠里 森昌子: 木曽節 ビクター少年民謡会 木曽節
木曽恋がらす_3 丘みどり | 橋幸夫:新三ひとり旅 葛城ユキさん: 木曽は山の中
木曽恋い鴉/三笠優子 木曽の女/北島三郎 木曾の恋歌/ダ・カーポ 中山道・鳥羽一郎
山の吊橋 三橋美智也 中山七里 橋幸夫 木曾川しぐれ:川中美幸 月の峠路:三橋美智也
峰ちはる 木曾の恋歌 藤あや子「木曽の恋唄」 島津亜矢・川 島津亜矢・山
北島三郎 竹・山・川・橋・歩・峠 みれん峠 三橋美智也 木曽恋がらす 三橋美智也
長良川旅情:三橋美智也 木曽節やくざ/三橋美智也 峠越え 福田こうへい

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