庄内緑地公園駅周辺案内(その1)

名古屋市交通局リンク:庄内緑地公園駅時刻表 市バス時刻表 なごや乗換ナビ 地下鉄所要時間


庄内緑地公園駅前、左は上小田井〜岩倉方面。右は庄内通〜丸の内方面を写す。
今回は小学校6年を過ごした旧山田村大字上小田井、中小田井地区を約70年ぶり
歩いて取材、訪問順に掲載します。左写真の名古屋〜江南線は当時7〜9m幅の砂
利道で両側水田、犬山線踏み切りを越えると、大木曾で岩倉街道へ右折平田橋から
西春へと行く。 大木曾


庄内川右岸堤防下の星神社。宮司さんを務めた同級のk君は元気かなと気に留めながらも
70年の歳月の空白は重くご免した。 星神社


諏訪社。 諏訪社


大聖院。創建天文18年本尊地蔵菩薩像小田井城主織田又六郎信張創建。


法源寺。下記の長善寺と道を挟んで隣同士。左奥の屋根が長善寺。 リンク:法源寺


長善寺と寺前の街並み。比良出身の佐々成政の菩提寺で元は比良にあったが洪水で移転したという。
また美濃国9条城主織田信盛の菩提寺でもあります。この寺の先代住職G君も同級で工事中の堀池で
3〜4人ボート遊びをしていてs君が竿にこだわりすぎて池に落ちたことを思い浮かべながら(G君
覚えていますか)やはり70年の歳月の空白は重く迷いながら次の予定地へ進んだ。 長善寺


龍光山東雲寺。1492(明応元)年に小田井城主織田丹波守常寛が創建した東雲寺。
臨済宗妙心寺派の寺、名古屋の政秀寺の末寺である。願王寺と隣合わせの林は昼
なお薄暗く早起きして兜虫を探し歩いた少年時代が甦る。


東雲寺境内の小田井城主織田丹波守常寛の石碑。左は同境内津田権之丞信之の墓。
リンク:織田丹波守常寛| リンク:津田権之丞信之


この望鯱亭は最初、松沢清次郎(元貴族院議員)邸の東端にあり名古屋城が望める場所に建って
いましたがその後小塚家の所有に変わり(このとき内部の庭園と望鯱亭を参観した。)その後
再度所有が移り、望鯱亭はすぐ隣の東雲寺の領内に移転されています。邸跡地には大きなマン
ションが建っています。 望鯱亭


五所社前の堤防上から見る庄内緑地公園、左は右岸堤防庄内橋方面を見る。戦前は広い桑畑で
庄内橋が見えました。


五所社は、神明・八幡・天神・愛宕・熊野の五神を勧請し祀った事から命名された社であります。
この神社で地区の出征兵士の壮行会が行われ、小学生で見送りに参列したことを忘れません。 


小学生時代の遊び場はこの五所社と願王寺内の小さな空き地で三角ベースなどをしていました。
五所社


岩倉街道が枇杷島方面から中小田井地区に入る坂道(左)。昔は枇杷島市場へ農産物を運ぶ
この坂に大変苦労したようでした。右は願王寺前から北の街並みを見る。


善光寺別院願王寺。創建は829(天長6)年と言われ、明治に善光寺如来を勧請し、1929(S4)年には
本堂が着工されましたが由緒記にありますように小学生の頃(1935〜41年)、工事中の寺のすぐ
近くに住み、荒れ果てたお堂には鳩の糞が床に落ち、高い床の下を走り回って遊んだ記憶が浮か
びます。当時荒廃した建物を見かね、山本信嗣氏の多額の浄財で再建され、本堂(写真右上)は
ガラス張りで、変わった建物となっています。 山門の両側には金剛力士像があります(写真左
上)写真右端下、本堂右にある東海四十九番薬師霊場第11番札所。 善光寺別院願王寺


中小田井街並み保存地区の風景。ここも電柱が目障りです。


中小田井街並み保存地区の風景。壁、木製の塀など老朽が目立ちます。


名鉄中小田井駅前の説明板と岩倉街道の道標。南面には右:小牧・善光寺(長野)道と彫られています。


名鉄中小田井駅西側駅前、当時は平面駅で2両連結の車両が乗降できる小さな対面式ホームでした。
ホームから見る西側は見渡す限り水田で新川堤防がよく見えました。現在のホームから西を写す。

庄内緑地公園駅周辺案内(その1) (その2) (その3) (その4)

(その5 冬来たりなば) (その6 春遠からず) (その7 季節のささやき)

庄内緑地公園駅周辺案内(バラの花)

庄内緑地公園内バラ園(その4,ムービー)

:自然がこんなに近くに :自然がこんなに近くに
:夕焼け空にカワセミ舞う :3時間待ちの15分観察

上小田井(上小田井、名鉄線犬山行き)当駅鶴舞線次は庄内通(赤池、豊田行き)

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